●桜満開の不忍池です。不忍池はかつて、旧石神井川が低地へと注いだ開口部に位置しています。縄文海進時には東京湾の入り江でした。その後、海岸線の後退によって池になったと考えられています。
●ここは江戸時代、東叡山寛永寺の境内地で、天海僧正(1536 - 1643)は、この池を琵琶湖に見立て、竹生島を模した中島を築造し弁天堂を建てました。
●寛永寺の境内地は、最盛期には現在の上野公園を中心に約100万㎡に及びます(ほぼ東京ドーム21個分)。現在の上野公園の噴水広場の場所に根本中堂が建立され、現東京国立博物館には、小堀遠州による名園が作庭されました。
●明治維新後、官有地となり、1884年(明治17年)に池を周回する競馬場が作られています。その関係で、池は若干埋め立てられました。その後、大正13年に宮内省を経て東京市に下賜されたので「恩賜」の名称が付いています。上野恩賜公園は、2023年に開園150周年を迎えています。
●国立西洋美術館の本館は、ル・コルビュジエ(1887年‐ 1965年)の基本設計により建設され、1959年に開館しています。2016年には、7か国17資産で構成される「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」の構成遺産として、世界文化遺産に登録されました。
●ところで、前庭にある「考える人」は本物なのでしょうか。「考える人」と呼ばれている人物像は、もともと「地獄の門」を飾る群像の一部でした(「地獄の門」も美術館前庭に展示されています)。ロダン(1840‐1917)は、まず、「地獄の門」の「考える人」の原型を作成し(1881‐1882)、その後、ロダンの友人の職人アンリ・ルボッセによって「考える人」の拡大版が作られました。1926年に、ロダンの死後、拡大版の原型からこのブロンズ像は鋳造されています。
●フランスの法律では、ひとつ原型から鋳造されたブロンズ像は12体目までが本物(オリジナル)と決められています。国立西洋美術館の前庭で見られる彫刻は、フランス政府の許可を得て鋳造された12体の「オリジナル」の1体なので「本物」と言ってよいようです。もっとも、作者の生前に鋳造されたものは12体の対象外なので、「考える人」のオリジナルは、ロダンの生前に作られた9体を含めて世界に21体あるそうです。